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2013年10月21日 (月)

大山崎山荘美術館

アサヒビール大山崎山荘美術館を訪れました。

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その前に、すぐ近くのサントリー山崎蒸留所でウイスキーを一杯 ┐(´д`)┌

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面白いことにアサヒビールとサントリーがJR山崎駅から西と東に数分のところに位置しています。

山崎蒸留所でウイスキーが出来るまでの工程を見学して、「山崎」を試飲、ほろ酔い加減で山荘美術館へというコースです。

ここで興味深い昭和大阪経済人史を。

大山崎山荘は大阪のぼんぼんにして実業家、加賀正太郎が自ら設計し、生涯かけて育んだ別荘で、眺めも居心地も抜群です。

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館内撮影禁止だったので、洗面所とお風呂だけこっそりと。これだけでもセンスの良さが分かるというもの 

館内を彩るステンドの数々を写真に収められず残念です 

さて、同じころ、大阪の両替商の次男に生まれた鳥居信治郎は洋酒の製造販売業を起こし、山崎にウイスキー蒸留所を建設します。

その山崎蒸留所で工場長としてウイスキーの製造に携わったのが竹鶴政孝。

彼は英国に留学し、ウイスキー製造技術を苦学して日本に持ち帰り、ウイスキーの父と呼ばれた人です。

竹鶴は国内初のウイスキーを製造、発売にこぎつけた後、鳥居と袂を分かち、理想のウイスキーを造るために北海道余市に渡ります。

その時新会社設立(ニッカウヰスキーの前身)に出資したのが、加賀正太郎。

加賀正太郎はニッカウヰスキーの筆頭株主になりましたが、晩年癌を患い、友人山本為三郎にその株を託します。

山本は、やはりナニワのボンで実業家のアサヒビールの初代社長です。

おそらく、加賀は、竹鶴と鳥居の関係を察して、サントリーには託せなかったのではということです。

加賀の死後、その山荘は次々人手に渡りますが、上記の縁でアサヒビールに受け継がれました。

こういうことで、JR山崎駅を挿んで数分の距離にサントリーの工場とアサヒビールの美術館が存在するわけです。

ホント何事にも歴史ありですわネ Σ( ̄ロ ̄lll)

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