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2013年10月25日 (金)

大川沿い桜ノ宮の散策

今日は京橋から京街道、大川沿いを散策します。

京橋という地名は今はなく、

京橋という橋が、大阪城の北、今の寝屋川(古地図によると古大和川井路川)に、京街道最初の橋として架かっています。

ちなみに、街道の起点から最初の橋は、目的地の地名がつくのだそうで、京街道は大坂城を起点にし、その最初の橋が京橋です。

かつて、京橋1丁目から6丁目の地名が大坂城西の大川沿いに存在しましたが、今は地名としてはなくなり、駅名と、橋が残るのみです。

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さて、その京阪京橋駅のすぐそばに立つ、京道・奈良道の道標から出発。

このあたり、昔は川や入り江に囲まれた農村で、大阪城から京街道を偵察しやすいように、南側に家を建ててはいけないとされ、片原町(今は片町)という名前がついています。

京街道を西に歩き、野田橋(今は碑のみ)を越え、網島(心中天の網島で有名)のあたり、太閤園・旧藤田邸跡公園・藤田美術館があります。

明治の大財閥藤田伝次郎の栄華の跡です。軍需産業などで巨額の富を得、三井・岩崎・渋沢・鴻池・住友などと並んで男爵に叙せられた藤田ですが、今は藤田観光を残すのみ。盛者必衰の理でしょうか。

都会のオアシス旧藤田邸公園を抜けて、大川沿い桜ノ宮公園へ。

大川沿いからみた安藤忠雄設計による新銀橋。後ろに重なって見えるのが旧銀橋。

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OAPタワーと帝国ホテルを仰ぎ見ます。

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あいにくの曇り空ですが、都島橋から北へ、大学の漕艇部の練習風景。

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都島橋を渡って、樋ノ口町。

ここは、大川から南北に流れる入掘を大塩平八郎の乱の後に、窮民救済を兼ねて開削した天満堀川の出口地点です。

水を流したり止めたりする調節口を樋ノ口というそうで、堀川が埋め立てられた現在も樋ノ口町の名が残ります。

今日はさわやか散歩でしたが、次は太閤園でリッチな食事の後、美術鑑賞とでもまいりたいものです。

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