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2014年2月25日 (火)

安治川を渡る

今日の大阪散歩はJR西九条から。

例によって、ここも昔は「島」

江戸初期の儒学者林羅山が「衢壌島」クジョウジマと名付けたそうですが、あまりに漢字が難しく「九条」に改めたのだそうです

しかもこの島は、淀川の河口で川の流れの妨げとなり、洪水が絶えないために、幕府の命を受け、川村瑞賢が、島を切り開き、川を真っすぐ大阪湾に通す治水工事をしたのだそうです。なんと、川幅90m長さ3kmの安治川が運河だったとはw(゚o゚)w

安治川とは安らかに川を治めるの意味。

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しかも、この川、大型船舶が行き来するために橋が架けられなかったので、地下を渡るのです。

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エレベーターで地下15mまで下りて、テクテク歩いて対岸へ、またエレベーターで地上に上ります。人も自転車も一緒です。

今は使われていませんが、かつては、車もエレベーターで地下に降りて通行しました。

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これが車用のエレベーター。

さて、安治川を渡るとそこはかつての外国人居留地跡。

徳川300年の鎖国の後、開国を迫られて、大阪港も開港、川口に外国人居留地が設置されます。レンガ造りの洋館やお店、教会や学校、税関、対岸江の子島には大阪府庁、大阪市役所が立ち並び、明治のこの地域の輝きはどんなだったでしょうか。

国際港が神戸にとって代わり、官公庁も上町に移転したとはいえ、昭和20年の空襲は繁栄の跡形も名残も消し去ってしまいました。

唯一、阪神大震災で半壊後、改修された川口基督教会のみが当時を偲ぶ建物です。

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なんと私の大好きなステンドグラスが o(*^▽^*)o

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聖書に出てくる植物のステンドグラスだそうですが、教会では見たことがない窓です。とてもきれいなのでアップでご紹介

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その後、戦後の影を落とす昭和30年のここを舞台に宮本輝の「泥の河」が生まれました。

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明治の繁栄や何処にといったところですかね

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湊橋南詰(廓船)から端建蔵橋北詰(やなぎ食堂)を臨む現在の風景。


















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