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2014年6月24日 (火)

長柄橋を渡る

今日は、阪急淡路駅から亀岡街道を南へ、新淀川を渡り、天六まで歩きます。

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ここは、淡路村の北東。

江戸時代、神崎川と中津川の堤防に挟まれたこの地域は、堤防のおかげで水はけが悪く、排水路の開削が農民の切なる願いでした。

幕府にたてついて開削を強行した3人の庄屋が江戸を向いて抗議の自決をしたという、中川大水道。

今は埋め立てられて、その上を新幹線が走ります。

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ここは先の戦争のB29高射砲台跡。1階はなんと民家になっていました。

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柴島浄水場の壁面に残る弾痕跡。

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淡路から一駅歩いて、崇禅寺。

大阪大空襲で焼失した伽藍が平成元年再建されました。

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ここに、細川ガラシアの墓と足利義の首塚が並んであります。

ナゼ並んでいるの?

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柴島神社の境内にある「柴島晒ゆかりの地」碑。

江戸時代、このあたりは綿花栽培が盛んで、木綿を陽に晒して白くする晒業が営まれていたのだとか。

さて、難読地名のひとつ、柴島(クニジマ)の由来を一言。

古来、ここは草木生茂る島だったところ、橡島(クヌキシマ)、茎島(クキシマ)、国木島(クニキシマ)などの表記が残っていますが、此木島(コノキシマ)と書いた3文字を柴島と2文字にしてしまったという訳。

昔から、此糸は紫、此木は柴、紫式部のあだ名は此糸(コノイト)と言ったそうです。

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さて、やっと淀川を渡ります。

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30度の炎天下、風は爽やかでしたが。

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渡り終えて振り返ると、長柄橋は美しい橋でした。

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そして、これは淀川大堰。

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これは毛馬の旧第一閘門。

明治40年完成のこのレンガ造りの閘門は重要文化財に指定されています。

ところで、毛馬の地名は毛島(ケジマ)⇒毛志馬⇒毛馬と変化したものだそうです。

この後、亀岡街道を南へ天神橋6丁目で今日の散歩はお開き。

亀岡街道の起点は高麗橋ですが、もうお疲れ。

また来月。来月は住吉大社です。 楽しみヾ(@⌒ー⌒@)ノ



















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