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2014年7月24日 (木)

文禄堤を歩く

今月も炎天下、歩きましたヨーン

大阪市のお隣、守口市に残る文禄堤跡です。

文禄堤とは、秀吉が大坂城を完成した後、伏見城築城を計画し、大坂と伏見を直結する道として、淀川に堤防を築いて、堤防上を道路にしたものです。

そしてこれが京街道。

明治になって、淀川の大改修がなされ、文禄堤は今ではここ守口に残る600mだけになったそうです。

この600mが東海道57次守口宿の面影を深く残しています。

東海道は53次に伏見・淀・枚方・守口を加えて57次です。

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川東さんという提灯屋さん。川の東にある川東さん。

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どの家も2階は虫籠窓で、参勤交代の際、無礼がないよう格子が施されているのだそうです。

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こんな道標を見つけると、道標に従って歩いてみたくなります。

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重要な十字路は必ずダブルT字路にし、物見から見張れるように工夫されています。

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そしてこの道が堤だった名残です。

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階段の上が京街道、階段の下の道が旧淀川。

ここは船頭ヶ浜と呼ばれ、ここから守口の農産物を船で天満の市に出荷していたのだそうです。

さて、淀川ですが。

桂川、宇治川、木津川が合流して水流が澱む所から発生した川名なのだそうです。

ほとばしり出る汗の中、

清く流れる大河を想像しつつ今日はお開き

暑かったーーーーー(*^-^)















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