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2014年10月30日 (木)

杉山街道

今日は関目高殿から杉山街道を歩きます。

杉山街道は新しい街道で、明治の地図では見られない、昭和の地図で確認出来るという街道です。

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京街道から分岐して杉山街道に入ります。

ここから、南へ下り大坂城玉造口にかつてあった杉の名所杉山まで続きます。

このあたりはその昔河内湖と呼ばれていた大きな潟だったところ。

野江や蒲生、古市(淵が転化した)、鴫野など当時の地形を彷彿させる地名です。

ところで放出(はなてん)って、「はなちで」⇒「はなで」⇒「はなてん」と訛ったのだそうです。大和川や寝屋川などの多くの川が合流する地で、ここに樋を作り水を調節するために水を放ち出したことに由来するのだとか。

淀川や大和川、平野川、寝屋川など沢山の川から運ばれる土砂が堆積して湿地となり、やがてたんぼとして開発された水田地帯。

その後、大阪の高度成長を支えるベッドタウンとして、すべてのたんぼが宅地と化して、今はマンション地帯。

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城北川から北菫橋とマンション群を臨む。今は一級河川ですが、当初は運河でした。

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さて、杉山街道にもどって、ここは杉山商店街。

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今は埋め立てられて道になった鯰江川を越えて、寝屋川に架かる新喜多橋を渡ります。

その昔、野崎参りは、この辺で、屋形舟に乗って参る者と野崎街道を歩いて行く者に分かれたわけです。

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新喜多とは鴻池新十郎の新、鴻池喜八の喜、今木屋多兵衛の多を取って付けた地名です。新十郎は10代鴻池善右衛門の次男なので、大正以降の新田開発ということ。

因みに寝屋川の名の由来は、生駒山麓の牧場の人々の寝屋があったところから流れる川ということだそうです。

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杉山街道沿いにこんなモニュメント。

かつて川北電機製作所という会社があったところで、日本初の扇風機を製造した工場だったんだそうです。後にこの会社は松下電器グループに入りますが、松下幸之助が松下電器を立ち上げることができたのは、この扇風機の部品の受注のおかげであったというエピソードがあります。

さてさて、今日は絶好の行楽日和でしたが、ビジュアル的にはもう一歩。

でも、家に戻ると嬉しいヾ(*´∀`*)ノことが待っていました。

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かねてより注文の品が到着

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フュージングで作られたお皿とブローチ。

どちらもリンゴがモチーフになっています。

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仙台の作家さんのものですが、なんて素敵なセンスと技術w(゚o゚)w

私の下手な写真では本物の素晴らしさが伝わりません(;´д`)

明日っから私も頑張るゾゥ















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