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2015年1月28日 (水)

七福神詣

新年最初のお散歩は大阪七福神詣です

本来は元旦から七日までに巡拝して開運を祈るものだそうですが

そもそも七福神とは ┐(´(エ)`)┌

恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋

大阪七福神は三光神社の寿老人、長久寺の福禄寿、法案寺の弁財天、大乗坊の毘沙門天、大国社の大黒天、今宮戎の恵比寿、四天王寺の布袋さんです。

今日は七福神を回りきらなければならないので、いつもより長い道のりです。

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まずは、JR玉造駅から歩いて10分、三光神社です。

大坂冬の陣の折、真田幸村が出城を築いて戦った真田山にありますが、

神社の起源はもっともっと古いと言われています。

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末社に二四四歳まで生きたという武内宿禰を祀ることから、

寿老人と同一視されて大阪七福神の一つとなっているそうです。

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西に歩いて、谷町八丁目。

淀君が秀頼の武運長久を願って建てた長久寺。

長い歴史を経て、今は一見オフィスビル。

ここには福禄寿が祀られています。

ここまで、寿老人・福禄寿は元は道教の神様です。

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さらに、西へ歩いて、東横堀川を渡って法案寺。

寺伝では聖徳太子が建立したとありますが、移転を重ねて今はここ。

聖観音と歓喜天が有名だそうですが、弁財天が祀られています。

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道頓堀を日本橋で渡って紀州街道を南へ。

元は宝満寺の子院であったのが、再三の戦火で本尊毘沙門天とともに流浪し、やっとこの地に大乗坊として落ち着いたのだそうです。

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さらに南へ、木津卸売市場の西、敷津松之宮へ。

神功皇后が素戔嗚尊を祀ったという由緒の神社ですが、中世に出雲大社を勧請して大国主神社が摂社となっています。

南門は敷津松之宮、東門は大国主神社の鳥居という二世帯神社。

因みに大国主命は日本神話の神様ですが、ダイコクと読めることからヒンドゥーの神マハーカーラ(マハーは大、カーラは暗黒の意味)=大黒天と同一視され、神仏集合したものです。

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さて、この辺で足も重たくなってきて、やっと着いたって感じの今宮戎。

十日戎で賑わった戎さんも今日は人っ子一人いないという、大阪人の現金さ

恵比寿さんこそ七福神の中で唯一、日本土着の神様です。

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小雨ショボ降る中、やっとゴールの四天王寺。

なんと布袋様は四天王寺でした。

ここでは、昔から乳の出ない人には乳を授け、出過ぎる人には乳上げをしてくれると慕われた神様だそうですが、一説では聖徳太子がここに乳母を祀ったことに由来するとのことです。

ところで布袋様とは七福神の中で唯一実在の人物、唐の禅僧だそうです。

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しかし四天王寺さんは大きなお寺。

ここだけで、七福神の三つ四つはいけそうですが・・・

日本はいい国ですね、神様仏様みんな仲良しで

今日はたっぷり歩きました 大満足













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