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2015年4月30日 (木)

北船場町歩き

今日は淀屋橋から南へ下りながら古モダンな船場を散策します。

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淀屋辰五郎宅の南に面した淀屋小路。道幅だけが昔を偲ばせています。

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一本南へ下って、オッペケペーの川上音二郎の帝国座跡。

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もう二つ程南に下って、東西の細道が浮世小路(ウキヨショウジ)。

船場の旦那や番頭の妾の家が集まる妾宅街だったそうな。

小路は、京都ではコウジと言いますが、大阪ではショウジです。

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北船場は近世の日本の金融・流通の中枢で、上質な町家(職住一体の商家)が集まっていました。

そして上質な文化の町でもありました。

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今橋通りには、懐徳堂

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愛珠幼稚園

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適塾など、町人主導の水準の高い教育の跡が偲ばれます。

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道修町の小西儀助商店。

江戸末期に薬問屋を創業し、後に洋酒の製造販売、そして今はボンドのメーカーへ。

サントリー鳥井信治郎はここで丁稚奉公していました。

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薬の神さん、少名彦名神社。

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三休橋筋のヴォーリス設計の浪花教会。

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心斎橋筋の昭和2年に建てられたという渋川ビル。

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淡路町通り、渡辺筋の美味しそうなパン屋さん(これ歴史と関係ない´ω`)

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今日のお開き、坐摩神社(いかすり神社)。

「居所知(いかしり)」転じて「いかすり」・・・居所を守る・・・

元は大川沿いの渡辺津にあり、渡辺氏が世襲の宮司を勤めていたもの。

渡辺津の守護神でしたが、大坂城築城の際に移転させられてこの地に遷座しました。

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渡辺は渡しの部で、大井川の渡しと同様、大川を人や物を渡す職業集団です。

その後、瀬戸内水軍にまで発展する渡辺一族ですが、ドラマティック名歴史を持ちます。

昭和の地名変更で渡辺の地名が消えることになりましたが、反対運動によって、ここだけは「久太郎町四丁目渡辺」と、異例の住所表示となりました。

名前って大事ですよね。

愛珠幼稚園は玉を愛おしむ幼稚園。

淀屋橋odonaは大人驚くでオドナ。

名付けの軍配は( ○ ´ ー ` ● )どっち?漢字には意味があり、歴史が見えてきますからねぇ。



















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