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2016年1月28日 (木)

旧南田辺村

天王寺から阪和線に乗り換えて南田辺駅。

「田辺」は古くは田部とも書き、渡来系氏族田辺氏が一帯を開発した田園地帯でした。

百済郡、百済村、駒川(高麗川)など渡来系に因む地名がたくさん残ります。

そして、いにしえ、難波宮朱雀大路の延長、難波大道や熊野街道の通過する場所でもあります。

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山阪神社はその難波大道の西に位置する由緒ある神社です。

祭神は天穂日命で、野見宿禰命も祀る、明らか渡来系ですね。

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野見宿禰に因んで、おすもうさんが力石を奉納していました。

右端の石には千代の富士とあります。

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難波大道の東には、法楽寺。

法楽寺は平重盛の創建といわれる、これも由緒古いお寺です。

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屋根瓦には平家の紋、揚羽蝶が。

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樹齢800年という大楠は住吉大社の大楠に次ぎ大阪二番目だそう。

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村の東を流れる駒川に沿って南へ、

続いてそのすぐ東の今川堤跡を南へ中野村に入ります。

駒川、今川に架かる橋は100にも及び、希望橋やなかよし橋、平等橋。

橋の名前を読むだけでも楽しいヽ(・∀・)ノ

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平等橋は、平等にではなくて、このあたりがかつて平等院の荘園だったことに由来するそうですが。

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向こう「はりみち」、右「でんしゃのりば」の道標。

大正初めに立った道標だそうです。

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なんと、平安時代開業の「中野鍼灸院」

弘法大師が伝授した鍼灸術を一子相伝で今に伝える鍼灸院。

明治の頃は、「中野鍼まいり」といわれ、一日500人の患者が殺到したそうです。

だから、道標まで立つんですネ。

そして、なんと

近鉄針中野駅は、近鉄南大阪線の開通に尽力した中野家へのお礼としての駅名なのだそうです。

今日もビックリポンな大阪街歩きでした






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