« ルネサンス | トップページ | ちょっとサボってる間に! »

2016年3月22日 (火)

東海道56次枚方宿

今日は市内を離れ、京都と大阪の中間点、枚方を歩きます。

徳川幕府は京都から大阪までの京街道を東海道の延長として整備し、伏見・淀・枚方・守口の4宿を設けました。

つまり、東海道は57次あるわけで、枚方宿は56次です。

Img_5155

そして枚方宿は東西約1.5kmの京街道沿いの宿場です。

Img_5144

宿場の東の端、東見附から歩きます。

Img_5143_2

江戸時代の河内名所図会に、大名行列が枚方宿を通ってかささぎ橋に向かって進んでいく様子が見られます。

橋のたもとに一本松が見えますが、ここが東見附、枚方宿の東の端です。

Img_5148

今、復元されて一本松が植えられています。

Img_5151

東見附から350m、枚方橋跡です。

今は暗渠化された安居川に架かっていた橋の親柱が大切に残されています。

Img_5153 Img_5154

京街道と磐船街道が交わる所に建つ道標。

右 大坂みち

右 くらし滝 左 京六里 やわた二里

瀧 文政九年十一月建立

願主 大阪 和泉屋 近江屋 綿屋 小豆嶋屋

大阪と大坂が入り混じった道標は珍しいんですって。

Img_5152_3

こんな道標も。

宗左の辻とは角野宗左という油屋の家の角にあったのでついた名前。

Img_5161

問屋役人も努めた庄屋「木南家」。

先祖は楠木正成、楠を分けて木南としたといいます。

Img_5165

船宿「鍵屋」。63畳の大広間や淀川からの引き込み溜もあった大旅館。

Img_5162

街道筋には古民家を利用したレストランや

Img_5163

カフェが。

Img_5166_3

江戸時代の枚方渡し

Img_5166_2

船宿。

ほんの100年前までこの風景が見えていたのでしょうネェ

Img_5167

これは郵便屋の渡し跡。明治43年京阪電車が通るまで、淀川左岸の郵便物はここから対岸高槻まで渡しで運ばれ、後のJRで大阪・京都に配送されていたのだそうです。

Img_5169

1.5kmの終点、西見附の松の木です。

東見附の苗木に比べるとかなりの年代物。

枚方宿は今とっても整備されて、新しい家も古民家風に建てられたり、自動販売機も茶色、看板も統一、おしゃれな街に変身しています。

今度はゆっくり町家diningにでも入って、この街に溶け込んでみたいと思いました













































|

« ルネサンス | トップページ | ちょっとサボってる間に! »

大阪歴史散歩」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東海道56次枚方宿:

« ルネサンス | トップページ | ちょっとサボってる間に! »