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2016年8月23日 (火)

道頓堀の橋

今日は道頓堀川に架かる橋を西から東へ検証して歩きます

アッツー(;;;´Д`)

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木津川を東西に架かる大正橋。

大正時代に架けられた橋なので、大正橋。現在は2代目です。

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木津川にそそぎ出る道頓堀川を見ます。

今日はここから道頓堀川に沿って東へ歩きます。

道頓堀川は、堀止になっていた東横堀川と西横堀川をつなぎ木津川にそそぐ堀川で、

開削した安井(成安)道頓の名をとって道頓堀川といいます。

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大正橋から道頓堀川に沿って一つ目は日吉橋。

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付近には、今も材木店、銘木店が並びます。

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続いて汐見橋。

この辺りは各藩から入港する船の荷上場で、ここから潮の干満を観察したので汐見と名がつきました。

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続いて幸西橋。

日吉橋、汐見橋、幸橋は江戸時代に架けられた橋ですが、

幸西橋は大正時代に架けられました。

幸橋の西にあるからこの名がついたのでしょうか。

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幸橋。幸町は江戸時代からの町名です。

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なにわ筋が通る西道頓堀橋。

昭和に架けられた新しい橋です。北詰に当時火力発電所がありました。

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住吉橋。

当初、橋の上から住吉大社の高灯籠が見えていたことから住吉橋と名がついたそうです。

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深里橋。

明治末に架けられた橋で、深里(ふかり)は、かつてここにあった花街の名だそうです。


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現在は港町リバープレイスとして水上バスや音楽イベント発信基地になっています。

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大黒橋。道頓堀開削まなしに架けられた大国社に通じる橋。

現在の橋は2013年。

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新戎橋。明治になって、町の発展とともに新しく架かった橋です。

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道頓堀橋。

昭和12年に御堂筋の拡幅で新しく架かった最も広い橋。

しかしここまで来ると、汚い川ですなぁ・・・

いっそ ホントにプールにしちゃったらよかったかも

ここに来ると、いつも悲しくなります

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戎橋。

今宮戎の参道に通じる橋です。

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太左衛門橋。

芝居小屋の興行主大坂太左衛門に由来します。

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相合橋。

北詰のお茶屋と南詰の芝居小屋の遊女と役者が相い合う艶なる橋。

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日本橋。江戸のにほん橋。大阪のにっぽん橋。

日本橋は紀州街道の起点であることから、

紀州徳川への起点ということで日本橋と名がついたという説も。

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最後の橋、下大和橋から道頓堀川最東端を臨みます。

向こうに南北に走るのが阪神高速、左奥に続く流れが東横堀川です。

道頓堀川が東に行き止まったところで今日はお開き

100年前ならここちよい川風を受けながら、木場や船着場、旅人宿、花街、芝居小屋と移り変わる風情を楽しめたでしょうに・・・

昔を偲んで歩くには、あまりに様変わりした川と橋でした





























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